『コミュニティ・アーカイブをつくろう!』読書メモ
先日のブログで、ロンドン博物館が新型コロナウイルス関連の資料の収集を開始したニュースを紹介しましたが、私がこれを聞いたときにまず思い出したのは、2011年の東日本大震災の後、あるメディアテークが市民とともにアーカイブを作ったことです。
その経緯は、以下の本に詳しく書かれています。
佐藤知久、甲斐賢治、 北野央『コミュニティ・アーカイブをつくろう! せんだいメディアテーク「3がつ11にちをわすれないためにセンター」奮闘記』(晶文社、2018年)
これは、東日本大震災のあと、宮城県のせんだいメディアテークに開設されたプラットフォーム「3がつ11にちをわすれないためにセンター」(通称:わすれン!)の活動をまとめた本です。
「わすれン!」は、「市民、専門家、スタッフが協働し、東日本大震災とその復旧・復興のプロセスを独自に発信、記録していくプラットフォーム」です(公式サイトはこちら)。
この本は、先日、デジタルアーカイブ学会の学術賞(著書)最優秀賞を受賞して、最近あらためて注目されています。
アーカイブ関係者にとって示唆の多い本ですが、私がもっとも印象的だったのは、「なぜメディアテークがアーカイブを作るのか」に触れたくだりでした。
そもそも「メディアテーク」は、「メディア(media)」と「図書館(bibliotheque)」を合わせた造語で、一般的には、映像作品や音楽作品なども上映している図書館のような施設を思いうかべます。
そのため、メディアテークが主体的にアーカイブを「つくる」ことはイメージしづらいかもしれません。
もっとも、メディアテークには、もとより市民参加型のワークショップなどもあります。実際、せんだいメディアテークでも、
「生涯学習施設+芸術文化施設」であるメディアテークでは、芸術作品を鑑賞すること・本を読むこと・見ることなどのインプットと、自らがつくる側・表現する側にまわるアウトプットが、スタジオ活動とアーカイブを媒介とした、一連のプロセスとして想定されている(50p。太字は引用者。以下同様)
として、市民によるアウトプットの活動も想定されていました。
そして興味深いのは、アーカイブを作るにいたった経緯の話。
せんだいメディアテークの場合は、地震による建物の破損等によって一時的に閉館を余儀なくされてしまったことで、かえってメディアテークとしての意義を問い直すきっかけになり、アーカイブ活動につながったといいます。
仙台市では震度6弱の揺れが発生した。構造的には無事だったものの、メディアテークは正面のガラスや天井などが一部破損し、さまざまな修復作業が必要となり、一時的に閉館を余儀なくされた。
メディアテークは、何らかの大規模な災害が発生したとき、仙台市の災害ボランティアセンターのひとつして利用される予定だった。ところが、(中略)特殊な構造をもつ建物であるがために、安全性の診断に少しばかり時間がかかり、ボランティアセンターになるという計画は消えた(中略)。未曽有の大惨事が発生した状況のなかで、公共施設であるメディアテークの緊急時の役割が、なくなってしまったのである。(71p)
単なるボランティアセンターになることは、これまでのメディアテークの活動にどう合致するのか。スタッフたちが積み上げてきた、生涯学習施設かつ芸術文化施設という独特な実践は、この状況で何かの役に立つのだろうか。
震災直後、電気・ガス・水道などのライフラインが各所で止まり、市内にも避難者が多数いる状況のなかで、自分自身も市役所で避難生活をしながら、甲斐はこう考えていたという。「この状況下、メディアテークは、いったい今なにをすべきなのか?」(72p)
そして(中略)、「震災を記録しその記録を継承する」ことが、これまでメディアテークが培ってきた実践感覚を生かし、さらにはメディアテークにとって大きな課題であった、現在の記録を未来への資源とし、過去の記録を未来の創造へつなぐ新たな試みとしての「わすれン!」を生みだす、大きなきっかけになったのである。(72p)
やがてこのような自問自答は、メディアテークが資料を自ら収集するのではなく、市民が集めたアーカイブ資料をプラットフォームとして保存する「わすれン!」の活動に結実していきます。
震災についての、市民による集団的な知覚を並列させていくこと。その活動こそ、メディアテークの「文化活動支援とそのアーカイブ」というアイデアの延長線上にある、今メディアテークがやるべきことではないか。(79p)
そうなれば、あとは実行です。
甲斐はこのアイデアを「ペラ一枚の企画書」にまとめて、(2011年)3月22日に、仙台市の所管部署の担当者と、長年地域のさまざまな文化情報をアーカイブする活動に取りくんできた、メディアテークの佐藤泰副館長(当時)に相談した。
そして、「前例がそもそもないのだから、失敗しようがない。やろう」という方向性が決定された。(79p)
この、「前例がそもそもないのだから、失敗しようがない。やろう」という一言がいいですよね。本書のハイライトのひとつだと思います。
そして、そこから先は、予算化や、市民の協力、映像の撮り方、さらには著作権や肖像権の権利処理まで、具体的な方法論が詳しくまとめられており、これから同種のアーカイブを立ち上げる際にたいへん参考になります。
(ちなみに、いち映画ファンの私としては、『なみのおと』の濱口竜介監督や、『息の跡』の小森はるか監督が当時このプロジェクトに関わることになった経緯や、撮影技法も詳しく述べられていて、そこもおもしろかったです。映画研究者やドキュメンタリー関係者にも刺激の多い本になっています)
政府がこのたび「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を更新したことをうけて、博物館や美術館、図書館は、これから十分な感染対策をとったうえで開館していくかと思います。
そんな施設の中に、新型コロナウイルス関連のアーカイブ活動を始めようと考える組織があらわれた場合、そしてその組織に不幸にもアーカイブの知見がなかった場合には、今日ご紹介した本が1つの道しるべになるかと。