small talk

メモ帳です

フジロック2022のヴァンパイア・ウィークエンドをライブ配信で

ライブ配信で観ました。視聴者は常時45000人くらい。

2013年、2018年のアクトはどちらも現地で観たので、4年ぶりです。

ざっくりメモしておきます(記憶違いなどあるかもしれません)。

 

ステージ上部には、4thアルバムの『Father Of The Bride』(2019)でおなじみの大きな地球儀がセット。

1曲目はその4thアルバムから「Sunflower」。中盤からごきげんなジャム・アレンジに。

2曲目は3rdアルバムから「Unbelievers」。ベースの音が大きくて気持ちいいのですが、ちょっと音のバランスがいつもと違うかも、と思ったら現地ではPAトラブルがあったようで。
ヴォーカルのエズラ・クーニグはMCで「オチカレサマ」。

3曲目は2ndアルバムから「White Sky」。ギターの絡み方がプログレのように聴こえる瞬間も。

 

機材トラブルが続いてここでいったん中断。エズラは観客に向かって「thank you for your patience、スミマセン」。
中断するほどの機材調整はフジロックでは珍しい。会場ではSEでAC/DCの「Back In Black」が。
約8分間の中断ののち再開。戻ってきたエズラは「Thank you AC/DC」。これには笑いました。

 

4曲目は4thから「Sympathy」。ベーシストのクリス・バイオが持っていたのはウクレレベースでしょうか。

5曲目は1stアルバムから「Cape Cod Kwassa Kwassa」。初めて聴いてから15年近く経ちますが、いつ聴いても最高の曲。

6曲目は4thから「Bambina」で盛り上がる。

 

7曲目は3rdから「Step」。配信では、サビでバックに流れる"What you on about"と"Such a modest mouse"がやや聴こえづらく、しかしかえっていい余韻に。

8曲目は4thから「2021」。細野晴臣をサンプリングした曲。ライブでは後半が長いジャムションに。最後にエズラは、トーキング・モジュレーターを口にくわえてワワワーとロボ声を。

9曲目も4thから「This Life」。名曲。これは苗場の夜の、山から降りてくる風を浴びながら聴きたかった。

 

10曲目はアコギに持ち替えて、4thからの「Harmony Hall」。CDのバージョンに比べて、オルガンなどのサウンドが分厚くていいグルーヴ。曲が終わる前、サポートギタリストが1人でギターリフを弾くときに、エズラはすでにエレキに持ち替えていました。ということは次の曲はいきなり始まるのか、

と思ったらまさにその通りで、11曲目は3rdから「Diane Young」の前のめりなサウンド。サポートギタリストとベースのクリスが向かい合っての掛けあいが楽しい。

そのスピード感を引きつぐように、12曲目は2ndからの「Cousins」。

さらに畳みかけるように13曲目は1stからの「A-Punk」。間奏ではかわいたタイコの音もくっきり聴こえます。最後の「Hey, Hey, Hey, Hey」ではドラマーのクリス・トムソンまで立ち上がる。

 

14曲目は4thから「Jerusalem, New York, Berlin」。曲に入る前のエズラいわく、ずいぶん久しぶりの演奏のよう。ゆっくり抒情的なこの曲でもベースの音がとても映える。後半はジャムセッションに。

エズラが「We will be right back, チョットマッテ」、と言ってアンコール前のショートブレイクへ。

 

数分後に再開して、15曲目は1stからの「Campus」。ベースのクリスの腕に光る汗すら見える高画質。後半はかなり崩して歌っていました。

立て続けに16曲目は、おなじく1stからの「Oxford Comma」。CDよりちょっとだけスローな演奏でしょうか。ベースのクリスの「あの」腰の動きは健在。

 

ラストの17曲目は、「ボブ・ディランノ ウタデス*1」との前振りから「Jokerman」のカバー。これは本当に素晴らしい歌と演奏。節回しからアレンジから、完璧にヴァンパイア・ウィークエンドの曲になっています。
「Jokerman dance to the nightingale tune / Bird fly high by the light of the moon」。これも苗場で夜風を浴びながら聴きたかった。

 

終演後には、ドラムのクリスが観客にむけてスティックを投げて終了。
1stアルバムから4thまで、バランスのいいセットリストで、メンバーが7人もいるのにすき間の多い軽やかなグルーブでした。

 

*1:そういえば2018年のフジロックでは、ヴァンパイア・ウィークエンドの前のアクトがボブ・ディランでした。

『大人の科学マガジン』Vol.15「大特集 まわれ!映写機」

流れでこんなものも、15年ぶりに本棚から引っ張り出してみる。

 

大人の科学マガジン』Vol.15「大特集 まわれ!映写機」(学研、2007年)

 

『大人の科学マガジン』Vol.15「大特集 まわれ!映写機」

 

「ふろくで遊びました」のコーナーには、青山真治氏が登場(公式サイトでもPDF版で読める)。

 

動くものを撮影する際に気をつけることは、という問いに、

 

「パン(カメラを振る)しないこと。パンすると、運動そのものはとらえにくくなる。特にバスや電車などの大きな乗り物の場合、カメラで追いかけると被写体は止まって見える。だから、カメラは動かさず、被写体を動かす。画面の中にを行かせる。“入ってきて、出て行く”動きにするのがコツです」

 

「動く被写体が、明暗、つまり光と影の中を出たり入ったりすることによっても“動き”は強調される。少し斜光になるのを待たないとビル影などが出ない。だから、撮影を午後3時から始めたんです」(両発言とも33p)

 

このとき青山氏が都電荒川線を撮った映像*1、今でもアップされているかな、と思ってサイトに飛んだところ、無情にも「Flash Playerが必要」との文字。

 

 

*1:青山氏と都電といえば、『東京公園』(2011年)もありました。

『STUDIO VOICE』1999年5月号 特集「映画を作る方法」フィルムメイカーズ・マニュアル!

これも20年ぶりに再読。

 

STUDIO VOICE』1999年5月号 特集「映画を作る方法」フィルムメイカーズ・マニュアル!(INFAS)

 

『STUDIO VOICE』1999年5月号 特集「映画を作る方法」フィルムメイカーズ・マニュアル!

 

「演出」の項目は、青山真治氏が担当(48-49p)。

 

「あなたは今、映画を作ろうと考えている。」

「だがあなたの手元にあるのは150万円という限られた金額の金だ。この中であなたは全てを処理しなければならない。」

「どんなに高尚な思想を含んだ物語も、どんなにうまく書かれたシナリオも、すべて具体的な『段取り』に還元されなければ映画にならない。」

 

『ユリイカ』2001年2月号「特集 青山真治 進化する映画」

これも20年ぶりに読み返す。

 

ユリイカ』2001年2月号「特集 青山真治 進化する映画」青土社

 

『ユリイカ』2001年2月号「特集 青山真治」


とくに黒沢清氏との対談がおもしろい。気の置けないやりとりから、いきなりスリリングに切り込んでいく。

例えば、『EUREKA』の長さを考える以下のくだり(88-91p。太字は引用者)。

 

黒沢 ものすごく素朴な、馬鹿みたいな質問をさせてもらいますが、『EUREKA』はどうしてあの長さなんですか。これは面白いなと思ったのは、『EUREKA』を見終わった僕を含めたほぼ全員が何を言うかと言えば、三時間三七分飽きないんだよと言うんです。(後略)

 

青山 (前略)要は、ある種の映画的な、あるいは誤解を恐れずに言えば美学的な側面を尊重するがゆえに長くなってしまった、というのがあるんです。(中略)。あたかも目の前にその人がいるかのように、その人をわからせ、お話をわからせ、言っていることをわからせるためにこれだけの時間、さらに言えば町や空気を含めた人物の生きる環境が必要だったんですね。(後略)

 

黒沢 それをそっくり信用できないと思うんです。(中略)。飽きるから無理やり九〇分にしようという発想でみんな映画を撮っているわけで、飽きさせないということにどのように苦労されたかということを僕はお聞きしたいわけです。

 

(中略)

 

黒沢 先ほど「美学的側面」とおっしゃいました。例えば一番典型的なのは、殺されて犠牲者になった女性のサンダルが川に流れていくところがありましたね。何分もないのかもしれないけど、多分それは美学的側面から一分くらいにしたんじゃないのかと思うんです。ストーリー上は、あの女が殺されましたということで、多分巧くやれば一〇秒で説明できます。これが美学的側面から一分だか三〇秒だかあれだけの長さになった。結果、それでより長くなる。(中略)。まさにこの選択 ― 美学的選択と言っていいでしょうが ― がなされたために、三時間三七分になったのではないか。

 

青山 一旦そう云っておいて何ですが、僕が思うに、実はこれは美学的側面というものではないのではないか。(中略)これはもう本当に黒沢理念に対するアンチとして非常に嫌悪されるかもしれないですが、「情緒」なんですね

 

黒沢 情緒?

 

青山 ええ。「情緒」は物語を語る上でありなんだ、と。ここでこれを一〇秒でやってしまうことと、約一分かけてサンダルが流れてきて「あっ」と人間が見ている間に何か感じてくるもの、その違いが「情緒」なんだと。但しこの「情緒」を情緒として捉えさせるためには前提が山ほど必要なんです。むしろこの前提を積み重ねていくことによって、尺が伸びている。(後略)

 

(中略)

 

黒沢 「情緒」という巧い言葉は思いつきませんでした。僕の映画とは全然違う、何が違うのだろうと思ってたところに、いまそう言われたので、そういえば僕の映画には「情緒」がないんだよな。恐怖とかはあるんですよ(笑)。(後略)

 

青山 僕が思っていたのは「情緒」も機械的な操作にしてしまおうと。そうしてみるとどうなるのかというのは、ちょっと興味がありまして。(中略)。撮って、あ、これは情緒じゃんと思って繋げるのではなくて、初めから「情緒」というものを構造として狙っていく

 


この引用部のなかでも省略した部分(たとえば黒沢氏の「話を避けているようなので、あえてそこに行きたいと思います」(89p))や、このあと『EUREKA』がなぜ飽きないのかという話に戻っていくくだり(たとえば黒沢氏の「僕いますごく追及している?いや、していないよね。(91p)」)もほんとうに面白いのですが、そちらは原典にあたっていただくとして、このお二人のやりとりは、本当に、青山氏の『EUREKA』と他の映画の違いや、黒沢氏の映画との違い*1を明晰に説明しています。

 

そして、昨日の記事で書いた、「ただボーッと見てて、ただ単に自分の中に何か得体の知れない空気が充満する」というくだりと、上記の部分で青山氏がいう「約一分かけてサンダルが流れてきて「あっ」と人間が見ている間に何か感じてくるもの」には、どこか同質のものがあるように思えます。

*1:ただし、黒沢氏が「恐怖とかはあるんですよ(笑)」というくだりは、むしろ「驚き」と言い換えられるかもしれません。

『青山真治と阿部和重と中原昌也のシネコン!』

17年ぶりに再読。

 

青山真治阿部和重中原昌也シネコン!』(2004年、リトル・モア

 

青山真治と阿部和重と中原昌也のシネコン!

 

むかし読んだときは、青山氏がブライアン・デ・パルマの撮影技術、たとえば『殺しのドレス』のタクシーのシーン(139p)や、『キャリー』の紐を目で追うシーン(140p)、『ミッション・トゥ・マーズ』のパーティーのシーン(156p)を称賛するくだりや、トビー・フーパーの『悪魔のいけにえ』でお爺さんの手にハンマーを握らせてその手を持って叩かせるようなシーンに「もうめまいしちゃう。ぞくぞくしちゃうよ。」と言ってしまうくだり(112p)を楽しく読んだのですが、今回読みかえしていちばん心に残ったのは以下の発言。

 

青山 まさに今そう。「愛のなさ」って話でいうと、こないだBSをつけてたらたまたま『地獄の黙示録・特別編』の予告編が流れてたのね。それをボーッと見てて、ああ、これだと。俺の愛のなさのもうひとつのパターンなんだけど、映画というのはボーッと見るものだと。感情移入とか、物語の筋を追うとか、そういうこと一切なしで、ただボーッと見てて、ただ単に自分の中に何か得体の知れない空気が充満する、みたいな。物心ついた頃に、それだけのことなんだって体験させられたのが『地獄の黙示録』だった。それからずっと、感情移入してこの人が好き、あの人が好きとか、そういうことを考えずにただ体験するというか体感するというか、ボーッと見てる。(244-245p。太字引用者)

 

「自分の中に何か得体の知れない空気が充満する」、これはたしかに優れた映画のひとつの条件だと、年月を経て実感します。

 

青山真治『ユリイカ(EUREKA)』

Hello, Hello
Can you hear me?
Are your skies clear and sunny down there?
Even in this rain
The breath of the breeze is reaching me here

  - Jim O'Rourke / Eureka (1999)

 

私が映画をたくさん観るようになったきっかけの1本*1*2

 

 

 

*1:リアルタイムでは観れず、最初に観たのは、たしか前後編2本組のレンタルVHS。宮崎あおいの兄妹の家の、庭の盛り土に刺された筒から鳴る、尖った風切り音のシーンで前編が終わった記憶があります。後に新文芸坐のオールナイトで通して観ました。

*2:当時、『カイエ・デュ・シネマ・ジャポン』のEUREKA特集号も何度も読みました。副題が「世界の始まりへの旅」で、これが後にオリヴェイラを観るきっかけに。

黒沢清『スパイの妻』

今ごろようやく、しかもNHK総合で放送されたものを録画して観ました。

 

本作はBS8K用だったせいか、いつもの黒沢作品よりもルックが明るめ(そして逆光がやや多め)の造りでしたが、そんな中でもここぞというカットは陰惨で怖くて、ひとつ挙げるとすれば、蒼井優が甥に会うために有馬温泉を尋ねたときの、旅館から見下ろす甥のカットでしょうか。

 

「星野源のおんがくこうろん」第1回

NHKJ・ディラ特集という前代未聞の試みなので見るのですが、出てくるアーティストもファーサイド、ブラック・スター(つまりモス・デフとタリブ・クウェリ)、ディアンジェロ(『VOODOO』*1!)ということで、90年代後半にヒップホップを聴いていた身にはたまらないものがあります*2

 

あと一瞬ですが、トライブ・コールド・クエストの「Find A Way」も流れていました。アルバム『THE LOVE MOVEMENT』は何度聴いたかわかりません。

 

以下、備忘メモ。

 

The Pharcydeの「Drop」。MVはスパイク・ジョーンズ


www.youtube.com

 

Black Star(Mos Def & Talib Kweli)の「Little Brother」。ロイ・エアーズをサンプリング。


www.youtube.com

 

D'Angeloの「Playa Playa」


www.youtube.com

 

A Tribe Called Questの「Find A Way」


www.youtube.com

*1:J・ディラが手がけた音楽ではなく、その影響を受けて作られた音楽という文脈です。

*2:当時ロックばかり聴いていた高校生が、このあたりのヒップホップに手を伸ばしたきっかけは、タワーレコードの『bounce』だったりするのですが、そのあたりの話はまたの機会に。

絶滅危惧しゅりとり

NHKを何の気なく流していたら、唐突に子ども2人が動物の名前でしりとりを始めて、しかもそれは絶滅危惧種の名前で、なんだこれはと目を奪われている間に終わりました。

 

ネットで検索して、これだとわかりました。

 

[MEWE 2分で爆速SDGs] 絶滅危惧しゅりとり

www.youtube.com


予備知識のない状態で、何なのかわからないものが目の前を高速で横切っていく経験、久しぶりでした。シャープでエッジの効いた演出。主役のふたりもよいですね。

 

岩波ホール閉館の報をうけて

悲しいお知らせ。

 

私がここに足を運ぶときはたいてい満員だったのですが*1、記憶をたどるとやや高齢の方が多かったので*2、コロナ禍でその層の客足が遠のいてしまったのでしょうか。

 

 

*1:逆に空いていた記憶があるのは、2014年の『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』。静けさこそが豊かさである作品。

*2:2013年にここで観た『ハンナ・アーレント』や、2019年にやはりここで観た『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』がどちらも満席で、高齢の方が多かった記憶があります。とくに後者のときは前から2列目の隅の席しか残っておらず、後ろを振りかえると、50代以上と思われる女性が半数だったのには驚きました。フレデリック・ワイズマン監督の他の作品をアテネ・フランセで観るときは、女性はほぼ皆無なのですが。